すごい、毒親と縁がない人からしたら半端なく怖いブログなのでのでは…?と心配になってホームページをこれでもかというくらいファンシーで可愛らしくしてみる。うーん、こっちの方がギャップありすぎて余計怖くなった!?でも、おかげでサイトの統一感が出たしかわいいもの大好きだし、まーいいかー。
このブログの方向性としては「書くことで自分の治療を進めること」
正直、後天的な理由のわかっている病気ってある程度進むと飽和状態。社会に出られるほど健康でもないけど病人としての緊急度も低い…という感じで行き詰まったような時間が続く。病院に行くと「具合悪くなる理由がわかっているならその時に頓服飲んでねー」だけです。次もその次も、同じやりとり。
自分も誤解していて、事実誤解されがちなのは「精神病院とメンタルクリニックは話を聞いて薬を出してくれるだけ、カウンセリングはまた別のサービスであって単純な説明をすると薬をもらいに行くだけのために病院やメンクリがある」です。だから、メンタルクリニックとは別にカウンセラー、カウンセリングという行為がまた必要になる。きちんとカウンセリングしながら薬を出してくれる場所ももしかしたらあるかもしれないけれど、いくつか病院を転々としたり県立の病院まで行った自分はまだ見たことがないです。
それでカウンセリングっていうのは病院の診察とは別の行為なので一回の値段がすごく高い。一回(1時間)あたり6,000円から10,000円が相場らしいです。…現実的にいけないよね!働けないほど具合悪い人が1時間10,000円払うって何それどんなファンタジー?ってなるね!
だから、まー…自分が今やっているのは「自分で自分を治療する」です。自分は今フラッシュバックに悩んでいます。疲れた時ほど、父の「お前は頑張ってない学生時代のお前はもっと頑張ってた」と言う言葉に縛られて逆に洗濯始めたり料理始めたりして自滅する。働くこともできなければ主婦としてもままならない。緊張感のある安心できない家族との生活から「疲れる前に対策する、疲れたら休む」ができない。その結果全てにおいての効率の悪さが生きることの足を引っ張る。
だからフラッシュバックが起きたら一旦、椅子に座って机に向かって記事を書く。自分の中だけに留めたらどんどん肥大化して複雑化する「辛かった実家の記憶」を記事として、人が読むことを想定してある程度まとめて一旦オチをつける。効果は結構感じています。フラッシュバックが起きそうな時に「あっでもこの事柄については一度オチまで作ったから、いいか!」ってなります。正確には「良い」と思うはずないけど、私だけがどう働きかけても父の気持ちが変わらないなら、後悔のある家族との生活は過去も未来も変えられないしって。
だから家族と離れる選択をしたのは自分自身。本当は実家を大切にして結婚してもたまに帰省して…親と話したりご飯食べたり。喜ばせたいし、応援してもらいたいし、支え合いたい。そんな家族になりたかったけど、私だけががんばっても父に「気に入らない」って酷い扱いされるのは、きっともう…どうしよもないから。たらればしない、しても仕方ないから。
だから膿を排出するような作業。書く、書く。外に出して捨てる。その過程で具体的なエピソードとオチを作ることで毒親で悩んでる人たちに対して少しでも役に立てるように。そこに少し自己肯定感を見出す。
負けない!負けない。負けたくないなぁ…。
家族を、子どもの心からだ人生を、平気で傷つけられる親の立場を悪用するあんな人なんかに。
このブログの方向性としては「書くことで自分の治療を進めること」
正直、後天的な理由のわかっている病気ってある程度進むと飽和状態。社会に出られるほど健康でもないけど病人としての緊急度も低い…という感じで行き詰まったような時間が続く。病院に行くと「具合悪くなる理由がわかっているならその時に頓服飲んでねー」だけです。次もその次も、同じやりとり。
自分も誤解していて、事実誤解されがちなのは「精神病院とメンタルクリニックは話を聞いて薬を出してくれるだけ、カウンセリングはまた別のサービスであって単純な説明をすると薬をもらいに行くだけのために病院やメンクリがある」です。だから、メンタルクリニックとは別にカウンセラー、カウンセリングという行為がまた必要になる。きちんとカウンセリングしながら薬を出してくれる場所ももしかしたらあるかもしれないけれど、いくつか病院を転々としたり県立の病院まで行った自分はまだ見たことがないです。
それでカウンセリングっていうのは病院の診察とは別の行為なので一回の値段がすごく高い。一回(1時間)あたり6,000円から10,000円が相場らしいです。…現実的にいけないよね!働けないほど具合悪い人が1時間10,000円払うって何それどんなファンタジー?ってなるね!
だから、まー…自分が今やっているのは「自分で自分を治療する」です。自分は今フラッシュバックに悩んでいます。疲れた時ほど、父の「お前は頑張ってない学生時代のお前はもっと頑張ってた」と言う言葉に縛られて逆に洗濯始めたり料理始めたりして自滅する。働くこともできなければ主婦としてもままならない。緊張感のある安心できない家族との生活から「疲れる前に対策する、疲れたら休む」ができない。その結果全てにおいての効率の悪さが生きることの足を引っ張る。
だからフラッシュバックが起きたら一旦、椅子に座って机に向かって記事を書く。自分の中だけに留めたらどんどん肥大化して複雑化する「辛かった実家の記憶」を記事として、人が読むことを想定してある程度まとめて一旦オチをつける。効果は結構感じています。フラッシュバックが起きそうな時に「あっでもこの事柄については一度オチまで作ったから、いいか!」ってなります。正確には「良い」と思うはずないけど、私だけがどう働きかけても父の気持ちが変わらないなら、後悔のある家族との生活は過去も未来も変えられないしって。
だから家族と離れる選択をしたのは自分自身。本当は実家を大切にして結婚してもたまに帰省して…親と話したりご飯食べたり。喜ばせたいし、応援してもらいたいし、支え合いたい。そんな家族になりたかったけど、私だけががんばっても父に「気に入らない」って酷い扱いされるのは、きっともう…どうしよもないから。たらればしない、しても仕方ないから。
だから膿を排出するような作業。書く、書く。外に出して捨てる。その過程で具体的なエピソードとオチを作ることで毒親で悩んでる人たちに対して少しでも役に立てるように。そこに少し自己肯定感を見出す。
負けない!負けない。負けたくないなぁ…。
家族を、子どもの心からだ人生を、平気で傷つけられる親の立場を悪用するあんな人なんかに。